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静岡地方裁判所沼津支部 昭和59年(ワ)204号 判決

原告

原田米之

原告

原田彰子

右両名訴訟代理人弁護士

内田善次郎

内田文喬

被告

三島市

右代表者市長

奥田吉郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤文保

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一〇二八万一六五三円及び各内金九三八万一六五三円に対する昭和五六年七月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金二三六四万五四〇九円及び各内金二二一四万五四〇九円に対する昭和五六年七月一五日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らの地位

原告原田米之は、亡原田毅(以下、「亡毅」という。)の父、原告原田彰子は、亡毅の母である。

2  本件事故の発生

亡毅は、昭和五六年四月、被告の設置・管理する三島市立南中学校(以下、「南中学」という。)に入学し、課外の部活動として、テニス部に所属していた。亡毅は、昭和五六年七月一四日放課後テニス部の練習に参加していたが、午後三時四〇分ころ同じテニス部員の片岡明彦、望野悟らと共にコンクリート詰め鉄板巻製のローラー(直径六〇センチメートル、幅九〇センチメートル、重量六二〇キログラム)を牽引して同校校庭のテニスコートを整備していたところ、右ローラーの下敷きとなつて頭蓋底骨折により死亡した。

3  被告の責任

(一) 右事故の発生について、被告の使用する地方公務員である南中学校長宇野東光、部活動部長波多野諭教諭、テニス部指導顧問の石田照雄教諭(以下「石田教諭」という。)及び伊沢秀一教諭(以下「伊沢教諭」という。)には、その職務を行うにつき、以下に述べる過失があつた。

(二) 右(一)に掲げた校長、教諭らは、テニス部の部活動の実施にあたつて、生徒(部員)を指導監督して、事故の発生を未然に防止すべき一般的注意義務があることは当然であり、顧問教諭としては、テニス部の練習に参加したうえ、部員の安全面の指導を行うべき義務がある。

テニスコートの整備作業には、ローラーの使用が不可欠であるが、ローラーは危険な用具であり、これを運行するには、習熟と技量を要する。ところがテニスコートの整備作業は運行に未習熟な新入部員の任務とされることが多く、ややもすると粗暴な運行によつて直ちに生命、身体に対する危険の発生が具体的に予想されるのであるから、中学校においては、生徒だけのローラーの運行は本来禁止すべきであり、練習の一環として生徒に運行させるのであれば、顧問教諭自ら加わつて、その指導の下に粗暴な運行とならないよう常に監視してローラーの運行をコントロールすべき注意義務があり、また実際の運行に当たつては、ローラーの長柄にロープを付けて、長柄の外から適当な人数でゆつくりと引かせるようにすべきであつて、顧問教諭は、常に運行をコントロールすべき注意義務がある。

(三) ところが、本件事故当時、南中学ではローラーの運行に顧問教諭は立会つておらず、生徒だけで右運行がなされていたばかりか、ロープの備えすらなく、従つて長柄にロープを付けて引くことの指導も、ロープを付けての実際の牽引もなされていなかつた。その結果、本件事故に至つたものである。

(四) 従つて、被告は国家賠償法一条により、本件事故により原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

4  原告らの被つた損害

(一) 逸失利益

各金一二三一万五四〇九円

亡毅は、死亡当時一二歳六か月余の健康な男子で、本件事故がなければ少なくとも一八歳から六七歳までの四九年間労働可能であつた。昭和五九年度賃金センサスの産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の全年齢平均給与額は、年額金四〇七万六八〇〇円であるから、これにベースアップ分として五%の加算をし、生活費としてその二分の一を控除したうえ、これをライプニッツ式計算方法によつて現価を算出すると、合計金二九〇一万八四五八円となるから、この二分の一宛の額が原告らの各相続分となる。右はその内金である。

(二) 原告ら固有の慰謝料

各金七〇〇万円

原告らにとつて、亡毅は独り息子であり、原田家にとつて唯一の男児の後継者であり、その将来を両親ともに嘱望していたことはいうまでもない。原告原田米之は当時静岡県立高校の現職教諭として教育についてはことの外熱心であつたし、原告原田彰子もPTA活動を通じて生徒の教育について関心が深かつた。かかる両親が信頼を置きかつ期待を抱いて通学させていた南中学から亡毅がローラーの下敷きとなつて無言の帰宅をしたことの悲惨さは、言語に絶するものがあり、この事故以来原告らの家庭においては光を失つた悲嘆の毎日である。加えて、南中学は原告らに対する陳謝の言葉はおろか、充分な事故の経過説明もせず、説明といえば過失がないことの弁解に終始してきた。その反省の欠如は、原告らの感情を逆撫でするものでしかない。本件慰謝料額は最高額をもつてするのが相当である。

(三) 葬儀関連費用

各金二八三万円

(1) 亡毅の葬祭費用としては金七〇万円が相当である。

(2) 右の外、原告らは亡毅の仏壇購入費用金一四〇万円、墓碑建立費用金三五六万円を支出した。

(四) 弁護士費用 各金一五〇万円損害の一割が相当であり、右はその内金である。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)及び(二)の各事実のうち、宇野東光らが、原告主張の職責を有する被告使用の地方公務員であることを認め、その余を否認する。

同3(三)の事実を否認する。

同3(四)の主張を争う。

4  同4の各事実は知らない。

(一) 逸失利益の算定については、一八歳から一九歳までの平均賃金(初任給)を基準とすべきであり、ベースアップは考慮すべきでない。

(二) 被告側は本件事故後、原告ら宅に再三見舞に行き、通夜、葬式にも出席し、南中学では亡毅の死亡した日を安全日として、安全点検を行い誠意を示している。

(三) 墓碑、仏壇購入費の支出は相当因果関係がない。

三  被告の主張及び抗弁

(被告側には本件事故につき何ら過失はない。)

1  部活動はクラブ活動と異なり、教育課程外活動であるから、生徒の自主性、自発性が尊重されるし、放課後の限られた時間内になされるものである。一方、顧問教諭には授業終了後も多大の時間を要する教育課程内の事務処理があり、放課後直ちに部活動に参加することは不可能である。従つて、顧問教諭には部活動に常時立会う義務はない。

ローラーはテニスをする前に使用するものであるところ、顧問教諭の立会いなしにはローラーを使用できないとすると、前記のように顧問教諭は教育課程内の事務処理の必要から放課後直ちに部活動に立会いできない場合が多いから、テニス部の練習は阻害される。また、ローラーは、その使用方法が適切であれば危険ではなく、顧問教諭はその使用につき注意、指導をすれば足りる。従つて、ローラーを使用する毎に常時立会う義務はない。

2  本件事故当時南中学男子テニス部の顧問は伊沢教諭及び石田教諭の二名であつた。伊沢教諭は学生時代テニスの選手で技術的にも秀で、主に技術面の指導に当たり、職員会議、研修、出張などを除いてほとんど部活動に参加していた。石田教諭はマナー面を主として指導し、出来るかぎり参加していた。本件事故の日である七月一四日は午後四時から学年部会が予定されており、伊沢、石田両教諭が午後三時一五分に学習指導を終え、職員室に戻り、教育課程内の事務処理をしていた時に本件事故が発生したもので、両教諭は学年部会に出席する前に、部活動の指導に行く予定であつた。

ローラーの取扱いについては、顧問教諭は普段から常に生徒に対し注意、指導するとともに、一年生の仮入部、入部の時期である五月初旬から中旬にかけてその取扱い上の安全指導を行つてきた。即ち、ローラーは歩いて転がすようにし、走つて引かないこと、三人で後ろ手で引くこと等注意し、顧問教諭が生徒と一緒にローラーを引くなりして、具体的に安全な使用法を指導した。特に一年生には先輩の引き方をよく見て、ゆつくり引くように指導した。このように顧問教諭は適切な指導をしていたものである。

3  亡毅は、顧問教諭の注意、指導を無視し、相当の勢いの駆足でローラーを引張つたため倒れ、本件事故が発生したもので、被告側に過失はない。仮に過失ありとしても、亡毅に多大の過失がある。

(損益相殺)

4  日本学校安全会法三七条の法意に照らし、日本学校安全会からの給付金は損益相殺の対象となり、損害額から控除すべきものであるところ、本件事故につき、同会から原告らに対し金一二〇〇万円が支払われている。

四  被告の主張及び抗弁に対する原告の反論

1  部活動は、昭和五二年七月二三日改正の中学校学習指導要領(文部省告示第一五六号)によつて、教育課程である特別活動の「クラブ活動と関連の深いもの」として位置付けられ、学校の管理下で行うことが認知された。南中学においても、入学案内中に、「6生徒会活動について」との項の下に、「(5)クラブ活動について」の次の項に「(6)部活動について」と列記し、「部活動は、学校教育計画の一部であるが授業の一つではない。本人の希望による自由参加である。」と説明している。また、同中学生徒会規約によれば、生徒会の機関として「部活動委員会」が設置され、職員会議の下に、「各部活動の活発化と自主化を進めるための諸計画の決定や部活動の全体についての連絡を図ることを目的とし、」(同規約五四条)「各部活動の部長で構成し、原則として学期一回開きます。」(同規約五七条)とあり、「部活動の新設の場合は、代表委員会・職員会議の承認を要します。」(同規約五六条)とある。更に、南中学においては、顧問教諭に対して、休日などの部活動出勤時には、特殊業務手当の支給が認められていた。従つて、南中学では、本件事故当時の部活動は、改正された中学校学習指導要領に基づき、教育課程としての特別活動の一つとして位置付けられていたものである。

2  原告らは、ローラー牽引の際に顧問教諭に立会い義務があると主張するもので、テニス部の個々の活動全てに常時立会うことを要求するものではないから、何等不可能を強いるものではない。要は、顧問教諭が他の要務で多忙であるときは自らが加わりうる時間にローラーを牽引させるような指導が行われれば、安全性は充分確保できたのである。

また、ローラーは、その運行操作を誤れば、中学生以上の体力と判断能力を有する大人といえども常に危険を伴うものであるから、注意指導だけでは足りない。

3  本件ローラーは、三人で牽引しても駆足で隋速をつけなければ運行自体が困難な自重を持つていたので、日常駆足による運行が行われていた。

このような場合の牽引者、特に真ん中に位置する者の安全は、ロープを長柄につけてローラー本体からの距離を確保して牽引することでしか保てないから、被告側にかような牽引用のロープの備えと牽引方法の指導がなかつた点の過失を指摘できても、亡毅の過失を問うことはできない。

4  日本学校安全会から金一二〇〇万円の給付を受けたことは認めるが、日本学校安全会法所定の共済目的及び掛金の保護者負担の制度に照らし、その給付金を損害額から控除することは妥当でない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一原告らの地位等

原告らが亡毅の父母であること、亡毅が昭和五六年四月被告の設置・管理する南中学に入学し、課外の部活動として、テニス部に所属していたことは、当事者間に争いがない。

二被告の責任

1  本件事故の態様について

原告ら主張(請求の原因2)の事故が発生したこと自体は、当事者間に争いがなく、右事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故の原因となつたローラーは、別紙図面のとおり、円筒状のコンクリート詰め鉄板巻製で、直径が六〇センチメートル、幅が九〇センチメートル、重量が六二〇キログラムあり、直径3.5センチメートルの鉄パイプを用いた長さ1.47メートル、幅約九〇センチメートルのコの字型の引手が取付けられており、もつぱらテニスコートの整備に用いられるものである。

(二)  南中学においては、昭和五六年七月一四日は午後三時一五分で放課となり、そのころからテニス部に所属する生徒らが、同校校庭南側に二面あるテニスコート付近に集合し始め、新入部員である一年生のうち早く到着した者から順次テニスコート整備に着手した。一年生の片野明彦、望野悟、鈴木則彦の三名はテニスコート南側の金網フェンス際に置かれていた本件ローラーを移動し、テニスコート内まで運び、ローラーを牽引してコート内を縦に(南北に)往復し整備していた。これに同じく一年生の長嶺、萩田が加わり、一往復で一人抜けることとして、交替でローラーを牽引した。ほぼ一面のコートの四分の三のローラーかけが済んでいた午後三時四〇分頃、亡毅が加わり丁度六人となつたことから、亡毅、片野、望野の組と鈴木、長嶺、萩田の組に分れ、二組で交替でローラーを牽引することとした。まず亡毅の組から牽引することとなり、亡毅が中央に、片野と望野がその左右に位置し、ローラーを背にして引手の外側に立ち、両手で後ろ手に引き手を握つて、テニスコートの南側ベースライン付近から牽引し始めた。本件のローラーは先に見たとおり重量が大きいので、静止状態から動かそうとすると、非常に大きな力を加えないと、動き出さない。ところが、一度動き始めると、惰力によつてそれ程力を入れなくても牽引でき、速ければ速いほど隋力も大きくなつて牽引のために加える力は少なくて済む。このことから、一年生らは普段から本件ローラーを牽引するときは、早足もしくは駆足で引いていた。

(三)  右の亡毅ら三名は、この時も、勢いをつけ駆足でローラーを牽引して、北側ベースライン付近まで行つた。ところがテニスコートの北側ベースライン付近に縦三〇センチメートル、横一〇センチメートル、深さ1.5センチメートルの窪みがあり、亡毅はこれに足をとられて、うつ伏せに転倒した。亡毅の背中にローラーが乗つたのを現認した望野と片岡は、力一杯両足を踏張つて、ローラーの進行を停止させようとしたが、ローラーに右のとおり隋力がついていたため、止まらず、ローラーは亡毅の頭部の上を通過した。亡毅は直ちに三島市内の岳東病院に救急搬送されたが、同日午後四時四分同病院救急室において、頭蓋底骨折により死亡した。

2  南中学テニス部におけるローラー使用の実情について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

昭和五六年当時、南中学の男子テニス部の部員数は、三年生約二〇名、二年生約三〇名、一年生約二〇名であつた。顧問教諭は二名で、伊沢教諭が主に技術面を指導し、他の職務上支障のないかぎり毎日練習に参加しており、石田教諭はマナーの指導や試合の日程表の作成等を担当し、適宜参加していた。南中学の新入生は、四月に仮入部の形で各部の活動を見学して回つたうえ、五月中旬頃までに正式に入部する。テニス部においては、三年生の最後の対抗試合が終了する七月下旬まで、新入生は球拾い、コート整備、ライン引き等の補助的作業を主に行つていた。テニスコート内にローラーをかけるのは、主に一年生と二年生の部員の担当で、三年生の部員や顧問教諭の指示がなくても、一年生と二年生の部員が、自主的に昼休みや放課後練習開始前に、ローラーを牽引していた。ローラーを牽引する際の注意事項を周知徹底するために、顧問教諭がテニス部員全員を集め注意したり、新入生が入部する時期に特段の機会を設けたりしたということはなかつた。もつとも新入生らがローラーを牽引しているところに、たまたま伊沢教諭が立会つた際などには、その場にいる新入生らを集めて、ローラーは三人で引くこと、後ろ手で引手の外に出て引くこと、走つて引かないことなどを指導したことはあつた。また先輩部員から新入部員に対し、ローラーは三人で、かつローラー本体に背を向ける体勢で引くようにといった牽引方法の指導や更にローラーの上に乗つてはいけないとか、直接ローラーを手で押してはいけないとかの注意が与えられることもあつた。石田教諭は部員に対しローラーの牽引方法につき特段の指導や注意をしたことはなかつた。ローラーはテニスコート南側の金網フェンス際に施錠することなく放置されており、テニス部員の自由な使用に任され、顧問教諭両名は、生徒らが何時これを使用しているのか充分把握しておらず、例えば生徒らが昼休みに常時使用していたことも認識していなかつた。本件事故後、本件ローラーは施錠され、テニスコートの整備に使用することが禁止された。

3  顧問教諭の注意義務について

原告らは、ローラーを牽引する際には、指導担当の顧問教諭が立会つてこれを監視すべき義務がある旨主張する。なるほど、本件ローラーはその重量が六二〇キログラムもあり、用法次第では危険な用具であること、ところが実際にこれを使用するのは経験・体力の劣る下級生であつたことは、右に認定したとおりであり、また、日本学校安全会が児童・生徒の死亡事故防止のため学校施設の安全についての留意事項をまとめたとする「日本学校安全会編・死亡事故防止必携」(成立につき争いのない甲第三号証)中には、「ローラーは、極めて危険な用具であり、小学校・中学校では、児童・生徒だけでのローラーの使用は禁止すべきである。たとえ、テニス部やバレーボール部の部活動でのコート整備のためでも、児童・生徒だけでの使用は禁止し、教師の指導の下に、できる限り教師自らも加わつて、正しい使用をする。」との記載がある。確かにこの方法はローラーによる事故防止のための最善の方法の一つと解されるが、ローラーは危険な用具ではあるけれども、例えば、爆発物などのように材質自体が危険なものではなく、適切な使用方法が採られれば、直ちに凶器となるものではないこと、小学校の児童はともかくとして、中学生ともなれば、一般に肉体的にも、精神的にも、かなりの能力を有しており、現に多くの中学校で教師の立会いなくして、生徒だけでのローラーの使用を許している(証人増田満の証言)こと等の諸点から考えると、ローラーを使用する際には、常に顧問教諭が立会いこれを監視する義務があるとまでいうことはできない。

しかしながら、ローラーは使用方法を誤れば危険な用具であることに鑑み、顧問教諭としては、生徒に対しローラーの適切な使用方法、即ち、引手の外から適当な人数でゆつくりと引くことを周知徹底させ、生徒らが右のような適切な方法でローラーを使用するように常日頃注意指導すべき義務があるというべきである。この点については、全生徒が参加を義務付けられている教育課程内のクラブ活動の場合と、本件のテニス部の活動のように参加が生徒の任意に委ねられている課外の部活動の場合とで、別異に解すべき理由はない。

4  顧問教諭の過失の存否について

そこで、本件において、顧問教諭が、生徒らが適切な方法でローラーを使用するよう充分に注意指導すべき義務を尽くしていたか否かについて検討する。

この点につき、伊沢教諭は証人として、「ローラーは三人で引くこと、後ろ手でローラーの取手の部分を持つて引くこと、走つて引かないことの三点を指導しました。」と供述し、石田教諭も証人として、「私は伊沢先生の注意事項に従つてローラーを引いているかどうかを見守つた。」と供述している。しかしながら、本件事故の翌日作成された望野悟と片岡明彦の司法警察員に対する各供述調書中には、顧問教諭から「走つてひいてはならない。」との指導を受けた旨の供述記載が全くないこと、先に認定したように一年生らは普段から早足ないし駆足でローラーを引いていたのに、顧問教諭両名はこの実態すら充分認識把握していなかつたこと、石田教諭は生徒にローラーの牽引方法を指導したことはなく、伊沢教諭の注意指導も新入生らがローラーを牽引しているところにたまたま同教諭が立会つた際などにその場にいるものを集めてなされたことがあるという程度のものであること、新入生が入部する時期に、ローラーの使用上の注意事項を周知徹底させるための機会を設けることをしてもいないこと、本件事故前に既に全国的には学校内におけるローラーによる死亡事故が何件か発生している(成立に争いのない甲第二号証)にもかかわらず、顧問教諭はこのことに関する知識を全く欠いていたこと、前掲「日本学校安全会編・死亡事故防止必携」中に「長柄にロープを付けて引くのがよい。」との指摘があり、牽引用のロープを備置き生徒らにこれの使用を指導するのも事故防止対策の有効な方策の一つであると考えられるのに、かかる工夫がなされた形跡もないこと、以上の諸点に鑑みると、顧問教諭はローラーを駆足で牽引するなどの危険な使用をすれば、生命・身体に対する重大事故が発生することがあり得ることが充分に予見可能であつたのであるから、顧問教諭としてはローラーの適切な使用方法をテニス部員の生徒全員に周知徹底させるべき注意義務があつたのに、右義務を尽くさなかつたため本件事故が発生したというべきである。

5  被告の責任について

テニス部の顧問教諭が被告の使用する地方公務員であることは当事者間に争いがないから、顧問教諭にその職務を行うにつき前項の認定の過失があつたと認められる以上、これと別異の過失の存否について判断をすすめるまでもなく、被告には、国家賠償法一条に基づき、本件事故により原告らが被つた損害を賠償する義務のあることが明らかである。

三損害

すすんで、原告らの損害について判断する。

1  亡毅の逸失利益について

〈証拠〉によれば、亡毅は死亡当時一二歳六か月の健康な男子であつたことが認められるので、本件事故により死亡しなければ、満一八歳から満六八歳までの四九年間は稼働し得たものと推認される。そして、賃金センサス(昭和六〇年度)第一巻第一表によれば、産業計、企業規模計、男子労働者学歴計、年齢計の平均年間給与額は四二二万八一〇〇円とされているから、亡毅は一八歳から六七歳まで年間平均右と同額の収入を得ることができたであろうと推認でき、これを基礎として、右稼働期間を通じて控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきライプニッツ式計算方法を用いて死亡時における亡毅の逸失利益の現価額を算定すれば、左記のとおり金二八六六万一八六七円となる(円未満切捨て)。

4228100×0.5×(18.6334−5.0756)

=28661867

原告らは、亡毅の父母であるから、同人の死亡により、二分の一にあたる金一四三三万〇九三三円(円未満切捨て)宛を相続したものと認める。

2  原告ら固有の慰謝料について

原告らの各本人尋問の結果によれば、原告らが亡毅の死亡により受けた精神的苦痛は極めて甚大であると認められるが、一方、亡毅にも、後記のとおり本件事故発生につきかなりの過失が存すると認められること、本件事故の態様、亡毅の死亡時の年齢、原告らの家庭の事情、その他本件口頭弁論に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告らの慰謝料としては、各金五〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用について

〈証拠〉によれば、亡毅の葬儀が原告両名により行われ、原告両名は仏壇、仏具購入費を含めて金一〇〇万円を超える額の出費をしたことが認められるところ、右葬儀に通常要すべき費用は、金一〇〇万円が相当であり、弁論の全趣旨によれば原告らの負担分は均等と推認されるから、損害額は各金五〇万円となる。

なお、〈証拠〉によれば、原告らが墓碑建立費として、金三五六万円を出費したことが認められるが、本件においては、右墓碑建立費が前記の葬儀費用とは別途に本件事故と相当因果関係のある損害にあたると解することはできない。

四過失相殺

前記二1に認定のとおり、本件事故の直接的原因は亡毅らがローラーを駆足で牽引したことにあり、これは明らかにローラーの誤つた危険な使用方法である。亡毅は相当の思慮を備えた中学一年生であり、テニス部に入部してから本件事故までの間、既に二か月余テニス部の活動を体験してきていたのであるから、ローラーを駆足で牽引することの危険を容易に予知認識しえたはずであるのに、漫然駆足で牽引したため本件事故を招来したものであつて、亡毅にはこの点に過失があるといわざるをえない。しかしながら、既に認定したようにローラーを駆足で牽引することが新入部員らの間で日常化していたこと、ところがこれに対する顧問教諭の注意指導が不十分であつたこと、ローラーの牽引が単独の作業ではなく、他の二人の生徒との協同作業であつたこと、窪みに足をとられて転倒したという偶然も重つていることなど亡毅を強く非難するのは酷である面も存するから、亡毅には三割の過失があるというべく、これを被害者側の過失として過失相殺をするのが相当である。

五まとめ

原告らが本件事故により被告に賠償を求め得る損害額は、次の計算式のとおり、原告らの逸失利益相続分と葬儀費用に三割の過失相殺をした金額に慰謝料を加算した各金一五三八万一六五三円となる。

(14330933+500000)×0.7+5000000

=15381653

六損害の一部填補

原告らが日本学校安全会から本件事故の見舞金として金一二〇〇万円の給付を受けたことは、当事者間に争いがなく、日本学校安全法及び同法施行令による公立学校設置者と生徒の共済掛金の負担割合、見舞金の金額、同法三七条の法意等に照らし右金額の限度で原告らの損害は填補されたと解すべきである。

従つて、原告ら各自の損害額から、その相続分に応じて各金六〇〇万円を控除すると、各九三八万一六五三円となる。

七弁護士費用

原告らが弁護士である原告ら代理人らに本訴の追行を委任し、報酬の支払約束をしたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係のある損害として被告に請求しうべき弁護士費用の額は、各金九〇万円とするのが相当である。

八結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告に対し、各金一〇二八万一六五三円及びうち弁護士費用を除いた各金九三八万一六五三円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年七月一五日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官仲戸川隆人 裁判官生島恭子)

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